2020年01月07日

新春のお慶びを申し上げます

皆様におかれましては、健やかに新年をお迎えのことと拝察申し上げます。
旧年中はご支援・ご協力をいただきまして有難うございました。

さて今年日本では、オリンピック・パラリンピックが開催され、鹿児島では国体、大会が地元開催される年に当たっています。生徒、保護者の皆さんをはじめ多くの方にとって、数々の感動体験ができる年になると思います。また、今年の干支は子です。子年は十二支の中で一番初めに位置することから「新たなことをするのにふさわしい年」「新たな運気が生じる年」と言われています。私たちも、スポーツで活躍する選手たちのように、前向きに精一杯励んで参りたいと思います。

本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

蕾の写真は、啓翁桜です。新年にT先生のご実家からいただきました。
ありがとうございました。どんな花が咲くか花が楽しみです。

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posted by 鹿児島純心女子中学・高等学校 校長 at 11:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月05日

ポインセチア

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平和の王、エッサイの切り株から一つの芽が萌え出で、
その根からひとつの若枝が育ち、(イザヤ11:1)

教会の典礼歴で待降節が始まりました。主イエスの誕生(クリスマス)を準備しながら新しい年が始まります。クリスマスにはリースや鐘などいくつかのシンボルがあります。ポインセチアもクリスマスを思い出させる一つです。
校長室に昨年いただいたポインセチアが一鉢あります。水を忘れないようにあげ太陽にあてていたので勢いよく育っています。
ところで、ある栽培者の方によるとポインセチアが丁度よい時期に赤く色付くには、入念な養成計画を立てるそうです。その時期が来たら昼間は太陽の光にあてますが、一か月程光の当たらない暗闇の時間を12時間つくるというのです。
待降節初日つまり12月1日にこの記事を読み、私も早速始めました。ポインセチアのほかにも花を育てメダカを育てています。この生き物たちを眺める生徒や保護者、お客様皆さんが幸せな気分になれますように、そう思いながら今日もポインセチアの世話をしています。
さて、クリスマスに校長室のポインセチアは赤く色付くことができるでしょうか。
クリスマスにもいろいろな楽しみ方がありますね。


posted by 鹿児島純心女子中学・高等学校 校長 at 14:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

教皇フランシスコ来日

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歴代教皇2回目の訪日、38年ぶりの日本訪問(11/23〜11/26)でした。 
長崎で行われたミサ(11/24)にも、鹿児島純心からセシリア会、生徒会の生徒・教職員・保護者の希望者等、54名が参加しました。その日、長崎は雷も鳴る激しい雨との予報でしたが、私たちが長崎に着いた11:00過ぎには、雨は上がっていました。

教皇様はミサの中で「長崎はその魂に、癒やしがたい傷を負っています。その傷は、多くの罪なき者の、筆舌に尽くしがたい苦しみによるしるしです」、「今ここで、一つの祈りとして、私たちも声を上げましょう」と語られました。奇跡的な青空、照り付ける日差しから目を覆いながら聞いた教皇様の言葉を心に刻んだ感動の一日となりました。

姉妹校長崎純心の生徒や先生方が、ボランティア、聖歌隊、場内誘導などで大活躍。私たちも学校の構内を駐車場としてお借りしました。お世話になりました。

保護者の皆様には、早朝、そして夜遅い時間に生徒の送迎をしていただき、ごミサに心を合わせてくださいました。本当に有難うございました。

教皇様のメッセージをこれからゆっくりゆっくり味わい、生徒たちとともに次の一歩につなげたいと思います。



<平和のための祈り>    作詞:山本直純、作曲:山本直忠

ああ主よ、我をして御身の平和の道具とならしめよ
我をして憎しみのあるところへ愛をばもたらしめよ
争いのあるところに赦(ゆる)しをば
分裂のあるところに一致をもたらしめよ

疑いあるところに信仰を、誤りあるところに
真理をば、絶望のあるところへ希望をもたらしめよ
悲しみのあるところに喜びを
闇のあるところに光をもたらしめよ

ああ主よ、我をして慰めらるるより慰むることをば
求めしめよ、理解さるることより理解することをば
愛さるることより愛することを
我に求めさせたまえかし

そは、我ら自(みずか)ら与うるが故我らに神より
与えらるるなり、赦すが故に赦さるるなり、
己が身をば棄て死するが故に
永遠(とわ)の生命(いのち)をば得(う)るものなればなり

(アシジの聖フランシスコ)

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posted by 鹿児島純心女子中学・高等学校 校長 at 17:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする